こんにちは。オリトです。
僕はコミュ障でした。
というか、今でもコミュニケーションは上手くないと思います。
ただ、色々あって最初の就職で営業マンの仕事をしてみたところ、2年10ヶ月目の給料で100万円を超えました。
僕の経験から言うと、”コミュ障”と呼ばれるような人でも、真面目に仕事をしていれば営業の仕事でもある程度成果を残せる と感じました。
ただ、自分の適性を考えて、合う仕事を見つけることも重要だと感じたのでまとめておきます。
※ここで言うコミュ障というのは「視覚・聴覚・言語の障害などを持つコミュニケーション障害」ではありません。
「人と話すのが辛い・みんなの輪の中に入れない」というレベルのものをコミュ障と呼ぶこととします。
コミュ障・新社会人が月100万稼ぐまで
今回は方法論ではなく、ストーリーとして書きました。
僕がどれだけ能力が無かったか、というところから書いていきます。
どのくらい話すのが苦手だったか。
学生時代
初めて「あれ?俺おかしいのかな?」と思ったのは小学校4年生くらいでした。
それまでの僕は、テンションも高めで積極的に人と話す子供でした。
ただ、小4くらいの時、友達と話していて、「こいつ何言ってんだ?」「え、全然面白くないけど…。」という反応が出るようになってきました。
「あれ、なんかおかしいのかな…?」ということを繰り返し思うようになり、あまり話さない子供になりました。話すのが少し怖いような感覚です。
また小6まで通っていた塾で、ハブられていた(わざと距離を置かれていた)男の子がいました。席は自由なのですが、いつも彼の隣だけ、空いています。あからさまに避けられていました。
「寂しそうだよなぁ」と思って、僕はその子の隣に座るようになったのですが、今度は僕が巻き添えになり、「なんであいつの隣座ってんの?」と周りから言われるようになりました。
「え?なんでって…別にいいじゃん。」と悪びれる様子もなく答えましたが、それからみんなに無視されるようになり、塾も休みがちになりました。
とはいえ、それで酷く落ち込むことはなく、「めんどくせー奴らだな、全く。」くらいに思えていたので不幸中の幸いですね。母親が気が強い人だったから似たのでしょう。笑
中学・高校は私立の男子校に通いました。女子がいるとギスギスしてそうだと思ったので。(男子校を選択したのは非常に後悔している!!笑)
まぁ、そのおかげか、変な人間関係に巻き込まれることもありませんでした。
ただ、相変わらず僕は口数が少なく、大人数でしゃべったり行動することがとても苦手で、そういう場面が来ると心の中では逃げたい気持ちでいっぱいでした。
2〜3人なら話せるけど、それ以上の人数はストレスでした。
少人数でも、空気の読めなさは相変わらずでしたね。
高校を卒業し、専門学校に入りましたが、相変わらず人の輪に入りにくい。
昼は寂しさを紛らわすために、本を読んだり、人と話さなくてもいいようにしました。
女子とは20才くらいまで、ろくに話せなかったですね…。
趣味の同じ仲間でも、居場所を感じられない。
専門学校を卒業する前、自分の人生について考え、それまで趣味でやっていた自転車競技に打ち込むことを決めました。アルバイト生活で、3年間だけ打ち込んで就職する計画を立てました。
自転車仲間は共通の話題があるので、ある程度話しやすかったのですが、それでもなぜか ”自分には居場所がない”という感覚が強いままで、それはどこに行っても変わりませんでした。
みんな面白いこと言ってゲラゲラ笑ってて、「すごいなー」と思ってみていました。なんであんなに面白いこと思いつくんだろう?って感覚です。僕は話を振られても、真面目にしか答えられませんでした。。
この頃は、もう諦めもついていました。
フリーターになって3年が経つ頃、アマチュアとプロとの合同の大会があり、プロ2人を抑えて2位に入賞しました。
ある程度やり切ったかな、と思えたので、就職先を探し始めました。
どういうわけか、営業マンになった。
とある人に「デザイン関係の仕事がしたくて、就職先探してるんです」と相談をしたところ、「うちでデザインの仕事できると思うから、一回話聞きにきてくれ!」と言われ、チャンスだと思って次の休みに会社へ行きました。
ワクワクして会社に着き、面接官から言われた一言目は、
「うち、今リフォーム部門の営業職しか空いてないけどいい?」
え?なんの話?
と思いながら落ち着きを取り戻し、
「一旦考えさせてください…。」と伝えました。
「いや、営業なんて無理でしょ俺。コミュニケーション能力めちゃくちゃ低いし。
…でも、出来なさそうだからって逃げるのは嫌だなぁ。
しかも、営業職ってサービスを売る力がつけられるから、最悪転職したり独立する場合にも役に立ちそうだな。やってみるか。」
こんな気持ちで、働くことを決心しました。
「お前、うちの会社で一番使えねーぞ。」
面接の時は、「早ければ定時(19時)に帰れるよ」と役員の人から聞いていましたが、
あんなに清々しい嘘はこれから出会うことがないんじゃないか、と思うくらいブラックでした。笑
労働時間がめちゃくちゃで、0時を回るなんてザラ。泊まり込みもしょっちゅう。休日なんて月に2回くらい。
ただ、働いている人たちは優しくて面白い人が多かったので、余計にタチが悪かったです。
最初に配属されたところの店長は、とても営業力のある人で、本当に尊敬できる、意識の高い人でした。
ただ、僕のコミュニケーション能力の無さに毎日イライラし、「お前が夢に出てきてうなされることがある」と言われるほど。(ここまで言われたことある人いたら、友達になりましょう。)
しまいには仕事のミスも連発し、
「お前、うちの会社で一番使えねーぞ。」と感情剥き出しで言われたことがあります。
…自分で書いていながら、相当酷かったんだなと笑えてきます。
ここまで書いて自分が可哀想になったので、一応自分自身のフォローをしておきますが(笑)、「真面目」「優しい」という最低限の人間性はあったようです。
なんだかんだ、周りには助けてもらえていたので感謝です。
長時間労働に耐え、月給100万円に。
そんな生活を続け、僕も叱られながら少しずつですが、マシな人間になりました。
「お前コミュニケーションちょっと下手だったけど、なんか良くなったよな。」と、傷つけないように控え目な”ちょっと下手だった”という嘘のワードを織り交ぜながら褒めてくれる先輩もいました。
途中で店長も変わり、社内でも随一の温厚な人が新しい店長となりました。
そこから、その店長が僕に貼られていたレッテルを気にせずにどんどん新しい仕事に挑戦させてくれました。そして、その時期が間違いなく一番成長できました。
そして、入社から2年10ヶ月目の給料日。
月収101万円という給料をもらいました。
ボーナス月などは無い会社です。売り上げ成績の歩合給として給料がもらえます。
あのポンコツの俺が、月給101万円かぁ……。
感慨深い瞬間でした。
多少コミュ力が上がったと言っても、まだまだその他大勢の人ほど会話も上手くありません。
今でも、会話のキャッチボールも受け取ってもらえなかったり、雑談をしていてもボケに対して真面目な返しをしてしまったり、ということが多いです。
ただ、じゃあなんで営業の仕事をなんとかこなせたのか?
という点を考えてみると、おそらく、
”真面目な姿勢・お客様のために という気持ち” が伝わったのかな、と思います。
だから、コミュ障でもなんとかできたんですね。
結局、向き不向きはあると思う。
”石の上にも三年”
という言葉は、良い面も、悪い面もあると考えています。
自分に適していない分野で長年頑張るというのは、向いている人と比べるととんでもなくストレスがかかります。
そして結果も出しにくいです。
僕が見た営業マンで、いつもぶっちぎりで売り上げるスーパー営業マンがいましたが、その人は資料作成・書類の処理に関しては新人より能力が低かったです。
おそらく、あの人が事務職をやっていたら活躍していなかったと思いますし、本人もそれを認めて話していました。
これは別の記事で詳しく書こうと思いますが、僕はこの会社に入社して3年くらいの頃に、カウンセリングを個人で受けたことがあります。
心理試験というのを心理士の先生にやってもらい、4回くらい通って、自分の特徴(癖)や得意・不得意なことを教えてもらいました。
その結果、自分が上手くいかないことや生きづらいと感じていたものも、少し説明がつくようになり、気持ちがとても楽になりました。
結局、人それぞれ向き不向きはあるはずです。
どうせ頑張るなら、向いていることやストレスを感じにくいことが良いと思います。
あなたの”向いている”と思えることってなんですか?
自分の人生の方向性を考え、転職
営業職で働いていた会社は4年半勤め、転職しました。
会社が嫌いになったとか、そういうことではありません。
営業職というものに対する魅力を感じなくなってしまい、他の仕事がしたくなったのと、子供が生まれて早く家に帰れるようにしたかったからです。
また、”長時間労働だけど給料が良い”よりは、”給料は普通だけど早く帰れる”の方が長い目で見て得するだろうと感じました。
そして、僕が”向いている”と思えたことがありました。
”PC作業の仕事”です。
ざっくりですよね、すみません。笑
僕は高校生の頃、Windowsの「メモ帳」という基本アプリにHTMLタグを打ち込んでアップロードし、趣味の自転車のホームページを作って遊んでいました。
我ながら、なかなかしっかりしたホームページに仕上がっていたと思います。高校生のレベルでは。
また、パソコンで絵を描いて、掲示板に投稿することにもハマっていました。
その2つに関しては、”寝食を忘れて没頭できる”というものでした。
ほんとに、気付いたら朝だったという事は多かったし、
「メシなんて要らない。とにかく早くこれを完成させたい。完成するまでは手を止めるつもりはない。」
という熱中っぷりでした。親もよく心配していました。笑
そのことを思い出し、
「あ、俺は、”PCの才能がある”というレベルではないにしても、PC作業では普通の人よりストレスを感じないし、どちらかと言うと楽しめる人間だから仕事にしたら捗りそうだな。」
そう結論づけました。
そして、それは正しかったです。
現在は、基本的に事務所にいて会社のホームページを更新したり、販促物のデザインをしたり、社員のみんなが使いやすい書類のフォーマットをExcelで作成したり、一つ一つがおもしろくてゲームのような感覚でできています。
周りの人はそこまでではないようで、「こんなエクセルのデータ作るのは気が滅入ってできないよ…」と言われましたが、僕にとってはめちゃくちゃ楽しい作業でした。
この感覚で仕事ができるって、本当に幸せな事です。
まとめ
自分に合った仕事を探すには、自分を知ることから初めてみるといいです。
僕がお勧めするのは、
- 自分の幼少期まで遡って、自分を分析する
- マインドマップを使う
- カウンセリングを受ける
このあたり。
自分の深掘りについては、前田裕二さんの”メモの魔力”という本も参考になると思います。
また、思考を整理するアプリとしてマインドマップがお勧めです。いろんなアプリが出ていますが、僕は「Simple Mind」を使っています。
Google Driveにデータを残せるので、スマホでもPCでも見れて便利です。
カウンセリングは、少し費用と時間がかかりますが、第三者のプロが見てくれるので超おすすめです。もっと早く行っておけばよかったと思ってます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
Twitterでは、こういった人生観や仕事についてなど、ツイートしています。
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それでは。
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